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オズマ問題 : 物理法則を用いて「左右」を説明する
地球文化を全く知らない宇宙人に、電話だけで「左右」を伝えることはできるだろうか。
この問いは「オズマ問題」とよばれる有名な問題である。
時計の3の方、北を向いた時の東の方、SLAガイドブックの奇数ページの方、などと「右」を説明することはできるが、それぞれ時計とは何か、東西南北は何か、など、地球や特定の集団の人にのみ通用する知識を前提とする。
しかし宇宙人にうまく伝えるには、我々だけでなく宇宙人とも共有できるものしか使うことができない。
そのひとつとして物理現象がある。
実は、物理学はこの問題をすでに解決している。
今回は、やや簡単化した物理を用いてこの問題を解くことを目指そう。
物理で左右を伝えよう
まずは、宇宙人にも電流は扱えるとして、宇宙人に円形に電流を流してもらおう。
宇宙人には電流の流れる方向が見えるとしよう。
ただし、宇宙人は左右が分からないのでどの向きに回しているか我々には分からない。
電流を円形に流すと磁場ができて棒磁石のように使えることはご存知だろう。
S極N極(磁場の矢印)という名称は、人間が決めたものなので宇宙人には分からない。
SとN、どちらが上かは分からないが鉛直方向(円は水平)になるようにしてもらう。
次に、ある原子を円電流の上側に打ち込んでもらう。
実は多くの原子も棒磁石のような性質を持っていて、S極N極がある。
同じ原子を複数打ち込むと、S極N極どちらが上を向いているかで、上か下かのどちらに動くかが決まる。
この時、上に動いたほうをA、下に動いたほうをBと呼ぶことにする。
やはり宇宙人には、原子AとBそれぞれ、S極N極のどちらが上を向いているのかわからない。
さらに、AとBの壊れ方を別々に観測してみる。
実はこのAとBはどちらもS極の方に電子を出して崩壊しやすいことが知られている。(ウーの実験)
ここで宇宙人が、「A(上に動いたほう)は、電子を上向きに多く放出していた」と言ってきたとする(逆であれば以降の議論を逆にすればよい)。
だとすると、AはS極が上を向いており、ゆえに宇宙人はN極が上になるような磁石を作ったことになる。
磁石の向きが分かることで円形に回した電流の向きが分かる。
この円を上から覗くか下から覗くかで電流が左回りなのか右回りかが変わってしまうことに注意して、宇宙人にこの円電流の中心に立って考えてもらう。
どの向きを見たとしても電流は、水平方向のどちらかに流れているはずだ。
宇宙人は電流の矢印は見えるので、「右から左に矢印が向いている」と宇宙人に伝えることができる。
長かったが、これでようやく左右を伝えることができた。
オズマ問題の解決である。
めでたしめでたし……ではない!
もし宇宙人が最初に「電流ッテナニ?原子ッテナニ?」などと聞いてきたらどうすればよいだろうか?
なかなか難しい問題であるのでこれは皆さんの宿題にしよう。
こんな話に“意味”はあるの?
では、なぜこんなことを物理学者たちは考えなければいけないのだろうか。これほど実生活において不要な議論はないだろう。
しかし、実はこのような議論が物理学にとっては重要なのである。
物理学のゴールは、全宇宙のあらゆる現象を1つの理論にすることである。
言い換えれば、地球上で起こる現象と宇宙のどこかで起きる現象は根本が共通であると説明したいのだ。
この目標は、ニュートンがリンゴの落下を見て惑星の運動に応用したときから一切変わっていない。
この大きな目標の達成には、自然の現象から人間の主観を切り離すことが必要である。
ニュートンは物が下に落ちることを当たり前と思わなかった。
人間が当たり前だと思っていることを再考することは物理学の1歩であるのだ。
左右について考え直すのも重要であると分かっていただけただろうか。
こういった営みの面白さに共感してくれた人はぜひSLAに来て一緒に物理の議論をしよう。
(SLA物理担当 松井)