学びのヒント by SLA

東北大生のための「学びのヒント」をSLAがお届けします。
理解が深まったり、学びがもっと面白くなる、そんな情報を発信していきます。

2019/12/20 コラム

数学と物理のはざまで ~力学を幾何学的な視点から見直してみよう~

皆さんが大学受験を含め物理の色々な問題を解く中で,数学的処理がどうしても必要でした.なので,数学的にはどのような操作をしているか,ということが分かればもっと明瞭に理解が進むはずです. ということで,今回は,大学受験で物理を選択していれば一度はお目にかかったことがあるであろう問題を通して,物理の問題を数学的な目線で考えるとどうなるか,どういうことをやっていたのかを考えて見ましょう.問題は次です:

~問題~

下の摩擦は考えないものとし,重力加速度をgとする.質点の質量をm,三角台の質量をMとする.その他問題に必要と思われる状況は適宜想像しながら付け加えることで,x,X,yを時間追跡せよ.

(問題おわり)

まずはよく見かけるような方法で解いて見ましょう.質点と台のあいだの垂直抗力の大きさをNとするとき, Newtonの運動方程式は次のようになっていました:

    \begin{align*} (\mathrm{E}): \begin{cases} \ \cdot\ m\ddot{x} = -N\sin\theta\\ \ \cdot\ m\ddot{y} = N\cos\theta - mg\\ \ \cdot\ m\ddot{X} = N\sin\theta \\ \end{cases} \end{align*}

この系には拘束条件

    \[ (\heartsuit):(x-X)\tan\theta = y \]

が存在します.(\heartsuit)の両辺をtで二回微分して運動方程式を代入すれば

    \[ \left( -\frac{N}{m}\sin\theta - \frac{N}{M}\sin\theta \right)\tan\theta = \frac{N}{m}\cos\theta - g \]

ですから,これを整理して\displaystyle N = \frac{M}{M+m\sin^{2}\theta}mg\cos\theta となります.あとは省略します.

これは幾何学的には何をしているのでしょうか?(\mathrm{E}) では,”見た目”3変数あるので,思い切ってこの系を3次元空間内の(x,X, y) という一点だと思うことにしましょう.さて,拘束条件(\heartsuit)(x -X)\tan\theta = y はこの空間内で次のような平面\mathrm{H}_{1}を作ります:

つまり,この系は(x,X, y) がそれぞれ独立に動けるわけではなく,この平面上しか動けません(まさに拘束条件により系が拘束されている!!).こういうのを配位空間と言います. しかし,解答をよく見ると,(x,X, y)tのみで表せていました:

    \[ (x,X,y) = (x_{0},X_{0},y_{0}) + \frac{1}{2} \left( -\frac{M\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^{2}\theta},\frac{m\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^{2}\theta},\frac{-(m+M)\sin^{2}\theta}{M+m\sin^{2}\theta} \right) gt^{2} \]

つまり,\mathrm{H}_{1} は二次元分あるのに,本当は一次元分しか必要ないということです.ということは,この平面\mathrm{H}_{1}上のある直線上しか動けません.この直線はどうやって決まるのでしょうか?それは重心が動かないことを使え ばよいわけです:\displaystyle \frac{MX+mx}{M+m} = \mathrm{const.}

簡単のため\displaystyle \frac{MX+mx}{M+m} = 0 として図を書きました.今までのことをまとめると

・系は拘束条件により,平面\mathrm{H}_{1}上しか動けない.

・ さらに,運動量が保存することにより,系は平面\mathrm{H}_{2}上しか動けない.

ということでした.では,結局系は3次元空間内でどこを動けるでしょうか?それは二平面の交わり(の一部) です:

見やすさの都合上,x 軸,X 軸を少し回転させて書いています.この平面の交わりに現れる直線(の一部) が,

    \[ (x,X,y) = (x_{0},X_{0},y_{0}) + \frac{1}{2}\left( -\frac{M\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^{2}\theta}, \frac{m\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^{2}\theta}, \frac{-(m+M)\sin^{2}\theta}{M+m\sin^{2}\theta} \right)gt^{2} \]

で表される直線だったということです.これらをまとめると,標語的にはこの問題は

「3次元空間内の二つの平面の交わりに現れる時間というparameter t で特徴付けられる直線を追跡せよ!!」

という問題だと思うこともできるわけです.実は,この視点があれば次のような解法も考えられます:

\tilde{m}:= m/M とする(無次元化!!).2 つの平面の交わりに現れる直線は(x,X,y) = \alpha(t)(-1,\tilde{m},-(1+\tilde{m})\tan\theta) とかけるから,運動方程式により,-m\ddot{\alpha} = -N\sin\theta\ \cdots (1)-m(1+\tilde{m})\tan\theta\ddot{\alpha} = N\cos\theta - mg\ \cdots (2)が得られる.

(1)\cdot \cos\theta+ (2)\cdot \sin\theta を計算すれば,(\cos\theta + (1+\tilde{m})\tan\theta\sin\theta)\ddot{\alpha} = g\sin\theta となり,これから\displaystyle \ddot{\alpha} = \frac{1}{1+\tilde{m}sin^{2}\theta}g\sin\theta\cos\theta = \frac{M}{M+m\sin^{2}\theta}g\sin\theta\cos\theta となる(以下,省略).

 

問題をみて「3次元空間内の2平面の交わりを考えよう!」と発想するのはなかなか難しそうですが,数学と物理を混合させて考えるとこんな感じになります.これはただの一例で,座標系を取り替えたりして色々考えて見ると面白いと思います.実は重心座標と相対座標を取るのは座標系の取り替えに対応しています.図に書いて見ると良いでしょう.

さて,この問題よりも少しだけ一般的なことをいうと,力学の問題は「適当な拘束条件」と「保存量(第一積分)」が定める(超) 曲面の交わりにより現れる一次元の曲線を追跡する問題だと言い換えられます{}^{1}.物理現象は 観測者に依らない訳ですから{}^{2},座標系に依らない運動方程式を作ろうとなると解析力学への道が開けることになるわけです.

------

(注)
1:実はこの書き方はちょっと微妙で,拘束条件によりn次元の配位空間ができたとすれば,そのあとにLagrange方程式とか第一積分とかを使って運動をなんとか追跡しようとします.

2:と言ってもこれは要請(≒ 祈り)で,共変性(covariance)という名前がついてます.

 

解析力学を知ってる人向けの解説.

この系のLagrangianは\displaystyle L = \frac{m}{2}(\dot{x}^2 + \dot{y}^2) + \frac{M}{2} \dot{X}^2 - mgyであり,拘束条件(\heartsuit)を用い,重心座標\displaystyle R :=\frac{mx+MX}{m+M} ,相対座標r := x - X,換算質量\displaystyle \mu := \left( \frac{1}{m} + \frac{1}{M} \right)^{-1}を用いれば

    \[ L = \frac{m+M}{2}{\dot{R}}^{2} + \frac{\mu}{2}\dot{r}^{2} + \frac{m}{2}\dot{r}^2\tan^{2}\theta - mgr\tan\theta \]

となります.あとはR,rに関してのLagrange方程式を考えれば良いわけです.

 

解析力学にそれなりに詳しい人向けの解説.

上のことで大変わかりやすくなったのは良いですが,どのように配位空間を簡約したのかわかりづらいので,少し遠回りをしてみます.その前にLagrangianが循環座標を持つ時の一般論を用意しておきます:

一般化座標q^{1},\cdots,q^{n}において循環座標が存在する時,座標の取り方の順番は任意なのでq^{n}が循環座標である としてよく,このとき,

    \[ \alpha_{n} := \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{n}} (= \mathrm{const.}) \]

のように\alpha_{n}を定義すると,

    \[\dot{q}^{n} = \psi^{n}(q^{1},\cdots,q^{n-1},\dot{q}^{1},\cdots, \dot{q}^{n-1},\alpha_{n},t)\]

のように\dot{q}^{n}を表せることになります.ここで

    \[L^{\ast} (q^{1},\cdots,q^{n-1},\dot{q}^{1},\cdots ,\dot{q}^{n-1},\alpha_{n},t) := L(q^{1},\cdots, q^{n-1}, \dot{q}^{1},\cdots, \dot{q}^{n-1},\dot{q}^{n} = \psi^{n},t)\]

と書いておきましょう.Lagrange方程式を 

    \[E_{i} =\left(\frac{d}{dt}\left( \frac{\partial}{ \partial\dot{q}^{i}} \right) - \frac{\partial}{\partial q^{i}}\right)L = \frac{d}{dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{i}} \right) - \frac{\partial L}{\partial q^{i}} \]

と言うように書く(E_{i}を演算子と思う) と,Lagrange方程式はE_{i}[L] = 0となり,i = 1,\cdots,n-1では,

    \begin{align*}  E_{i}[L^{\ast}]  = \frac{d}{dt}\left( \frac{\partial L^{\ast}}{\partial q^{i}} \right) - \frac{\partial L^{\ast}}{\partial q^{i}} &= \left[ \frac{d}{dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{i}} + \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{n}} \frac{\partial \dot{q}^{n}}{\partial \dot{q}^{i}} \right) - \left( \frac{\partial L}{\partial q^{i}} + \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{n}} \frac{\partial \dot{q}^{n}}{\partial \dot{q}^{i}} \right) \right]_{\dot{q}^{n} = \psi^{n}}\\ &= \left[ \frac{d}{dt}\left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^{i}} \right) - \frac{\partial L}{\partial q^{i}} \right]_{\dot{q}^{n} = \psi^{n}} +  \alpha_{n} \frac{d}{dt}\left( \frac{\partial \psi^{n}}{\partial \dot{q}^{i}} \right) - \alpha_{n} \frac{\partial \psi^{n}}{\partial q^{i}}\\ &=[ E_{i}[L]]_{\dot{q}^{n} = \psi^{n}} + E_{i}[\alpha_{n}\psi^{n}] \end{align*}

となります.これより,

    \[ E_{i}[L^{\ast} - \alpha_{n}\psi^{n}] = [E_{i}[L]]_{\dot{q}^{n} = \psi^{n}} \]

ですね.ここで,

    \[ \tilde{L}(q^{1},\cdots,q^{n-1},\dot{q}^{1},\cdots,\dot{q}^{n-1},\alpha_{n},t) := L(q^{1},c\dots,q^{n-1},\dot{q}^{1}, \cdots, \dot{q}^{n} = \psi^{n},t) - \alpha_{n}\psi^{n} \]

と定義すると

    \[ E_{i}[\tilde{L}] = 0 \Longleftrightarrow E_{i}[L]_{\dot{q}^{n} = \psi^{n}} = 0 \]

となります.この\tilde{L}はRouthianと呼ばれます. 今回の場合は\displaystyle P := \frac{\partial L}{\partial \dot{R}} = (M+m)\dot{R} としたとき,Routhian \tilde{L}

    \[\tilde{L} = [L - P\dot{R}]_{\dot{R}  = P/(M+m)} = \frac{\mu}{2}\dot{r}^{2} + \frac{m}{2}\dot{r}^{2}\tan^{2}\theta - mgr\tan\theta-\frac{P^{2}}{2(M+m)}\]

となるので元のLagrangianと殆ど変わらないのであまり面白くないのですが,上の一般論で見たようにRouthianを考えることで,保存量(第一積分) が一つあれば考えるべき次元が落ちて考えやすくなる様子がよく見えること でしょう.

 

(SLA数学担当 長坂)

作成者:SLA